訃報
立嶋玲児先生が肺ガンでお亡くなりになりました。東京都・府中の森市民聖苑で、小雨のなか、しめやかに葬儀が行われました。 ご家族と本当にたくさんの教え子たちに見送られ、いま、光の中を天に帰られました。
看病を通して家族の絆が深まったこと、自らが父に癌告知をした日から今日までが、人生でもっとも父と幸福で豊かな時間を過ごせたと、長男でカリフォルニア大学UCLA脳外科医のサトシさんのことばが胸を深く打ちました。
先生は、体育の教師そしてスキー部やラグビー部の顧問として昭和31年から定年まで成城学園ひと筋でご活躍されました。 また、当社の相談役そして私たちのよき理解者として、さまざまなアドバイスをいただきました。 早くに父を亡くした私にとって、先生は父親のような存在でした。
心よりご冥福をお祈りします。
ありがとうございました。
浅井宏純
以下、立嶋先生の著書、「ラグビー部の青春群像」(帯メッセージ/小澤征爾・指揮者)近代文芸社 の(あとがき)“終わりに”より一部抜粋します。
************************************************************************
終わりに
教育は、戦争中のような特殊な時期は別として、いつの時代もそれなりに人間としての調和発達を求めてきました。その一部を体育が受け持っているという自覚が体育教師としての原点でなければならないと思います。体育教師は、人間育成者として大きく関わっているという誇りを持つべきだと思います。
最近では、社会の歪みが教育の歪みとなり、一番被害を被っているのは教育を受ける側の子供達だと思います。非教育的な社会の風潮・進学問題等、歪みの中で適応しかねる子供達が悲鳴を上げているように私には見えます。幼児・児童・生徒と呼び名は変化しても成人迄は未だ子供です。叱るべき時には教師は思いきり叱るべきです。子供をどこまでも広く、深く、将来の可能性を持った人間として見た上で、正すべきは正さなければなりません。親の愛情には遠く及ばないまでも、子供の可能性を信じ接する心構えが教育愛だと思います。子供は悪い事もすれば良い事もします。いずれも成長課程の経験です。経験を積み重ねながら成長していくのです。良い経験をさせてあげたい、これが私の教師としての一つの姿勢です。運動嫌いな子が、何かのきっかけで自信を持ち、目を輝かせて楽しそうにやっている姿を見たら体育教師は止められません。
成城学園に勤め始めた頃、「感情的に叱る事と指導を一緒にしてはいけない、子供は怖いから聞いているだけである。教師が感情的になった時は説得力、指導力はゼロだと思いなさい。」と或るベテラン教師に教えられた事があります。また、その頃、或る学校の遭難記事を見て「人様の大切な宝を預かる身であることを考え、くれぐれも慎重に勤めてほしい。」と小学校の教師だった父から手紙が届きました。この二つの言葉が妙に私の中で醸成されそして大きくなり、今では私の教師としての姿勢の全てのような気がします。
凡人の悲しさ、長い年月の末、教師として自信のようなものが出来かけた頃、ふと気が付くと・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
