
父は東大、俺はニュージーランド-その3:母の憂鬱
俺の母は美しい人だ。その母を俺は日本の高校在学中に憂鬱にさせた。帰国子女枠の入試で入学したが、学校になじめなかった。なぜ勉強するのか、先生の説明によると大学受験を突破するためだそうだ。早慶を目指せという。最低でもMARCHなどと言っていた。なぜ早慶かという質問をする学生はいなかった。先生によると、「大学に入ってから考えろ」だそうだ。問答無用の学校文化に適応できる帰国子女がいるのだろうか。
母には済まないと思っている。父同様、東京の有名私立女子大学をでた母だが、帰国子女の憂鬱と悩みを飲み込んで具体的に対処することは至難の業だったと二十歳をすぎた俺は思う。母はOLの経験がなかった。社会で人間関係にもまれたことも、経済的自立することもなく父と結婚した。そんな母は、俺のこころが学校から離れ、地域から遠ざかって行くなかで、ただ悩み、そして沈黙していた。母は決して日本の進学校の価値観を俺に強制することはなかった。その点では確かに俺を認めていてくれた。そして、学校という大組織にただ反発して自分の勝ち目はないとわかっていたが故にその母の憂鬱は根の深いものだった。優しさゆえの沈黙。もちろん、当時の俺はそのような母のこころの苦労などわからなかった。
俺が強烈に望んでいたものは誇れる学校、地元とよべる地域、そして心が落ち着ける家だった。しかし、現実は好きとか嫌いとかでない無条件の勉強だった。先生は受験戦争という競争社会で勝利をつかむための短期決戦を強いる。勝利の望まないやつや疑問も持つ学生は相手にされない。俺の体験した海外の学校には学校つきのカウンセラーがいた。勉強とはまったく独立して学生や親は自由にカウンセラーと話すことが出来た。しかし、俺の学校で自分の意見をまともに聞いてくれたのは何らかの理由で学校からはじけてしまった人間だった。
俺の母は美しい人だ。その母を俺は日本の高校在学中に憂鬱にさせた。帰国子女枠の入試で入学したが、学校になじめなかった。なぜ勉強するのか、先生の説明によると大学受験を突破するためだそうだ。早慶を目指せという。最低でもMARCHなどと言っていた。なぜ早慶かという質問をする学生はいなかった。先生によると、「大学に入ってから考えろ」だそうだ。問答無用の学校文化に適応できる帰国子女がいるのだろうか。
母には済まないと思っている。父同様、東京の有名私立女子大学をでた母だが、帰国子女の憂鬱と悩みを飲み込んで具体的に対処することは至難の業だったと二十歳をすぎた俺は思う。母はOLの経験がなかった。社会で人間関係にもまれたことも、経済的自立することもなく父と結婚した。そんな母は、俺のこころが学校から離れ、地域から遠ざかって行くなかで、ただ悩み、そして沈黙していた。母は決して日本の進学校の価値観を俺に強制することはなかった。その点では確かに俺を認めていてくれた。そして、学校という大組織にただ反発して自分の勝ち目はないとわかっていたが故にその母の憂鬱は根の深いものだった。優しさゆえの沈黙。もちろん、当時の俺はそのような母のこころの苦労などわからなかった。
俺が強烈に望んでいたものは誇れる学校、地元とよべる地域、そして心が落ち着ける家だった。しかし、現実は好きとか嫌いとかでない無条件の勉強だった。先生は受験戦争という競争社会で勝利をつかむための短期決戦を強いる。勝利の望まないやつや疑問も持つ学生は相手にされない。俺の体験した海外の学校には学校つきのカウンセラーがいた。勉強とはまったく独立して学生や親は自由にカウンセラーと話すことが出来た。しかし、俺の学校で自分の意見をまともに聞いてくれたのは何らかの理由で学校からはじけてしまった人間だった。
つづく

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