
Travel Journal (ツーリストビジネス専門誌)
http://www.tjnet.co.jp/ から留学と旅行について1月15日号から4回、Opinion欄で連載しています。 以下は第2回寄稿分です。
未来の旅人を育てる (その2)留学の意味を
あらためて問い直そう 日本人は、かつてアメリカを目指した。
日本人の精神を世界に伝えた新渡戸稲造や内村鑑三、同志社大学を創立した新島襄など、明治のエリートと呼ばれる人々はアメリカの学び舎で青春時代を過ごし、津田塾大学を創立した津田梅子は弱冠7歳で渡米した。
本格的な社会人留学は戦後間もなく萌芽した。米国と諸外国との相互理解を目的として設立された「Government Aid and Relief in Occupied Areas(占領地への政府援助・救援プログラム=フルブライト奨学金の前進)」。これにより49年から51年までの3年間に、約1000人の日本人が米国の大学などへ留学した。高校生留学の先駆けとなったのは、54年、米国のAFS国際奨学金制度を利用し、横浜港から氷川丸で命懸けで渡米した7人である。
留学ブームは2度到来した。第1波はハワイがまだ夢の島だった71年、ニクソン・ショックで1ドル360円相場が崩壊し、変動相場で200円台になった後。第2波は、85年に1ドルが150円を割ったプラザ合意後で、誰もが海外で安く教育を受けられるようになった。
私も74年に渡米し、78年に帰国した。渡航時に世話になった米国情報協力センター(現海外教育コンサルタンツ、英語名EDICM)に入社し、留学ビジネスに携わって30年。ここで意外に知られていない、日本の留学の歴史を振り返ってみたい。
70年代当時、今は廃れてしまったかに見える「日本人として恥ずかしくないないように」という愛国的矜持は、大人にも子供にもまだまだ根強かった。当時の日本人は、英語が話せなくても、高い教育レベルと礼儀正しい態度で、外国からの尊敬を受けていたように思う。留学は企業のエリートや研究者が中心だった一方で、英語を話せるようになるための語学留学もファッションになりつつあり、米国、イギリス、カナダで民間の語学学校が多く設立された。今は珍しくない高校生留学も、当時は教育財団の1年間交換留学くらいしかなく、まだまだ特殊だった。そんな状況で私たちが始めた単身の中・高校生留学は「高校生では早すぎる。まして中学生なんてとんでもない!」と、一部のマスコミから非難を浴びせられることになった。
80年代に入り、ベトナム戦争の終結によりヒッピー・ムーブメントが起こり、世界中から若者が米国に集った。「ホームステイ」が留学を指す単語になった。大学留学が身近になった。「条件付き入学」と名付けたプログラムを開発し、「英語力がなくても高校の成績だけで大学に入学させますよ」という体制を作り上げたのだ。留学先が「これはビジネスとして儲かる」と気づき始めたからだ。授業料と生活費で1人当たり年間150万円から400万円を落とす留学生の存在は、学校も国にとっても魅力な収入源であった。この頃すでに、私たちは小学生の単身留学を手掛けていたが、かつてのような批判は受けなくなった。
日本ではバブル全盛の90年代初頭、ニュージーランドやオーストラリアは国を挙げて留学生誘致を展開し始めた。ニュージーランドでは数年前、留学ビジネスによる収入がワイン産業を抜いたと聞いている。アイルランドも留学生受け入れに積極的に取り組むようになり、英語圏はどこも留学先になった。美容、ダンス、演劇、ゴルフなど目的別留学も一挙に増えた。バブル経済を受けて、大学院留学も全盛期を迎えた。日本の企業や官庁が競って優秀な人材を留学させ、MBA、CPA取得を促進させた国費・企業留学である。
そして00年から現在――。義務教育から大学院まで、進学先の選択肢に海外の学校群が加わった。海外の語学学校は、今やカルチャースクールと呼べるほど、実に多様なプログラムを備えている。かつての留学生が親となり、その子供たちを留学させていることで、自由に英語を使い、海外事情にも精通する家族が増えた。初めての海外旅行は留学、という人も少なくない。皆様の周りでも留学経験者を見つけるのは難しくないだろう。それほど身近になったのだ。行き先も中国、韓国など全世界に広がった。フィリピンなどは今、英語留学の穴場かもしれない。
しかし今、最も多くの留学生を送り出してきた日本が、中国や韓国に抜かれてしまった。数はともかく、「家族のために」「国のために」と、使命感に燃えて本気で学んでいるこれらの国々の学生に比べ、日本人は質の面でも追い抜かれていると受け止めざるをえない。
国内でも高度な外国語教育を受けることができる昨今、「英語(外国語)習得=留学」が「語学がらみの留学=滞在型旅行」という体験傾向に向きつつある。旅行会社の留学ビジネスへの参入がその様相をさらに強めているように思う。大学・大学院留学は、本気で学んだ者だけが果実を手にするようになるだろう。そして、進学先の選択肢が国内外の大学や専門学校へと飛躍的に広がる機会となる中・高校留学は、少子化に伴い、交換留学や学校や団体の提携先への留学よりも、学生自身の能力や可能性を伸ばすための学校や家族のライフプランに合った学校を自由に選べるものになると思う。
子供たちの未来に何を与え、何を残してやれるのか。ビジネスとしての利潤追求はひとまず置いて、ここであらためて留学の意味を問い直すべき時が来ているように思える。
海外教育コンサルタンツ代表取締役 浅井宏純